2007年10月30日火曜日

渡辺ゼミ一行・先生の墓参


       10月28日、関川村の無責庵を渡辺ゼミ一行が訪ねました。
       晴天に恵まれ、関川村の美しい自然が優しく迎えて
       くださいました。賑やかに先生と一緒にお弁当を頂き
       楽しい語らいの時を過ごしました。先生にお会いできた
       嬉しさで皆ニコニコしています。

2007年10月17日水曜日

慈恵会医科大学予科時代・寮歌作詞


         慈恵会医科大学の予科時代に、寮歌「惜春別離之詩」
         を作詞、後輩の井関氏が作曲しました。この詩の一部
         が、慈恵第三病院の一隅に石碑にとどめられています。
         この寮歌は今でも歌い継がれているそうです。

軍医として出征


         昭和16年頃、軍医として大陸へ出征しました。
         凛々しい青年時代の先生。この後、シベリア物語
         が始まるのです。戦場での医術に備えて、外科の
         先生に手術を習い、出征してゆきました。

 横浜国大退官「日々有情」から


         横浜国大を65歳で退官、多くの友人のメッセージで
         綴られた「日々有情」が記念誌となりました。
         そのときの写真がこれです。ちょっとシャイに構えて
         「おもちゃ箱をひっくりかえしたような人生でした」と。
         

 日々有情から


     横浜国立大学定年退官時の記念誌「日々有情」の書から。 
     先生の命題は花・風・雪・月など自然の森羅万象を書に現します。
     30年前、65歳で定年退官時の作品です。今も昔も変わっていません。
        

2007年10月16日火曜日

お茶の水女子大学渡辺ゼミ追悼会


         お茶の水女子大学渡辺ゼミの祭壇です。色とりどりの小菊を
         献花し、秋の色を染め上げました。先生には鮮やかなお花が
         似合います。和やかな会に先生も参加なさっていると誰もが
         思い、先生に語りみなで頷きあう心に残る会でした。

お茶の水女子大学渡辺ゼミ追悼会


          10月14日市谷アルカディアでお茶の水女子大学生理学教室
          の先生を偲ぶ会が開催され、殆どのゼミ生が集まり、先生の
          思い出を語りました。年齢差15年くらいありますが、いつの時代
          でも、それぞれに先生から頂いたものが、心底にあり、
          バックボーンになっているとのことでした