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2008年8月4日月曜日

 一年祭


一年祭の模様をupしました。ここからご覧ください。

2008年1月10日木曜日

 山中湖の日の出


         恒例富士山会を彩る日の出です。朝6時58分富士山に
         挨拶をするように、山の端から輝かしい朝日が顔を
         出しました。朝焼けしていた東の空がみるみる内に
         輝きを増して上る太陽。万物のエネルギーのもと。
         この力を頂いて、渡辺先生の後を追っていきましょう。
          

 恒例富士山会の朝焼け


          2008年1月5日、渡辺先生とご一緒したゼミの富士山会を
          恒例にしたがって企画しました。先生の写真もご一緒に。 
          この日は先生のご配慮で素晴らしい上天気。早朝の日の出を拝し、
          振り返れば紅の富士山、「ああ、いいねー」とおっしゃる
          お声が聞こえるようでした。きっとさらさらとスケッチを
          なさり、そこに紅を挿されたことでしょう。
          今年も渡辺ゼミ頑張ります。月1回、先生も上京されてください。 
          

 渡辺先生を偲ぶ恒例富士山会


         年の初めに富士山に会って、清々しい日を皆で
         過ごすのが恒例のことでした。 山中湖は富士山
         に出会う最高のポジション。ゼミの皆が今年も
         頑張りましょうと心を一つにしました。ここに
         先生はいらっしゃると、誰もが信じた1日でした  

2007年12月14日金曜日

12月6日虎ノ門パストラルでの追悼会


         たくさんの追悼会が開かれましたが、今回が今年最後の
         大きな追悼会となりました。産業医学研究財団の小川進吾氏
         が発起人代表となって、お茶の水女子大卒業生、学会の先生
         方が発起人となり、100人のそれぞれの分野の方がご参会され
         先生のご活躍の広さが伺われる会でした。先生との思い出が
         尽きず、和やかにお話が続きました。お別れするけじめが
         ついたと、先生のお写真を胸に散会しました。    

虎ノ門パストラルホテルでの追悼会


         2007年12月6日、先生の追悼会が虎ノ門パストラルで
         100名の友人・教え子などが集い、和やかに開かれました。
         先生は亡くなっても人気抜群、皆さんが先生の思い出に
         湧きました。2時間の間、スライドショウによる先生紹介、
         それぞれのグループで先生との写真撮影など、話に花を
         咲かせておりました。先生の絵の展示も好評でした。
         この写真は横浜国大グループです 

2007年11月3日土曜日

先生の故郷関川村


          関川村は、四方を山に囲まれた豊な田圃が
          広がり、その中を清冽な荒川が自由闊達に
          流れています。庵を結ぶに最適な大地です。

渡辺俊男先生のお墓


        お墓の頂点の球体に先生の書で表に「天」裏に「地」
        とあります。壮大な宇宙の存在を、この一点に留め
        広い世界に飛び立つ思いが在ったのでしょうか。
        お花台がちょっとせせこましく、肩が凝りそうという
        先生の声が聞こえて、次の写真のようにしてみました。
       

 渡辺俊男先生のお墓ゆったり版


          「肩こり花台」が下に降りて、天球がのびのびと
          お墓の頂点で、天に向かっています。先生の
          「これでラックリしたよ」と言う声が聞こえてきました
          いかがでしょうか。先生の書、生きてきました。 

2007年10月30日火曜日

渡辺ゼミ一行・先生の墓参


       10月28日、関川村の無責庵を渡辺ゼミ一行が訪ねました。
       晴天に恵まれ、関川村の美しい自然が優しく迎えて
       くださいました。賑やかに先生と一緒にお弁当を頂き
       楽しい語らいの時を過ごしました。先生にお会いできた
       嬉しさで皆ニコニコしています。

2007年10月17日水曜日

慈恵会医科大学予科時代・寮歌作詞


         慈恵会医科大学の予科時代に、寮歌「惜春別離之詩」
         を作詞、後輩の井関氏が作曲しました。この詩の一部
         が、慈恵第三病院の一隅に石碑にとどめられています。
         この寮歌は今でも歌い継がれているそうです。

軍医として出征


         昭和16年頃、軍医として大陸へ出征しました。
         凛々しい青年時代の先生。この後、シベリア物語
         が始まるのです。戦場での医術に備えて、外科の
         先生に手術を習い、出征してゆきました。

 横浜国大退官「日々有情」から


         横浜国大を65歳で退官、多くの友人のメッセージで
         綴られた「日々有情」が記念誌となりました。
         そのときの写真がこれです。ちょっとシャイに構えて
         「おもちゃ箱をひっくりかえしたような人生でした」と。
         

2007年10月16日火曜日

お茶の水女子大学渡辺ゼミ追悼会


         お茶の水女子大学渡辺ゼミの祭壇です。色とりどりの小菊を
         献花し、秋の色を染め上げました。先生には鮮やかなお花が
         似合います。和やかな会に先生も参加なさっていると誰もが
         思い、先生に語りみなで頷きあう心に残る会でした。

お茶の水女子大学渡辺ゼミ追悼会


          10月14日市谷アルカディアでお茶の水女子大学生理学教室
          の先生を偲ぶ会が開催され、殆どのゼミ生が集まり、先生の
          思い出を語りました。年齢差15年くらいありますが、いつの時代
          でも、それぞれに先生から頂いたものが、心底にあり、
          バックボーンになっているとのことでした
         

2007年10月13日土曜日

渡辺ゼミ追悼会


     2007年9月22日渡辺ゼミの「先生を偲ぶ会」が開催されました。
     ゼミの場所シャン・ド・ソレイユに25名が集合。
     献花は先生のお好きだった向日葵を手向け、ご冥福を祈りました。
     先生を失った喪失感、寂しさを、ともに分かち合いました。
     先生からいただいた言葉「始めも終わりもありません。
     すべてのことは途中です。だから進むのです」 
     を大切にして、これからも月1回の渡辺ゼミを続けます。

 渡辺ゼミ偲ぶ会


       渡辺ゼミは月1回定期的に開かれ、既に20年を超える
       ロングランです。それも渡辺先生の不思議世界に魅せ
       られたからでしょうか。先生亡き後もラン・ラン・ラン

慈恵医大第三病院(93歳)

 
      先生が作られた寮歌の詩「惜春別離之詩」が、慈恵会医科大学
      第三病院一隅の石碑に刻まれています。93歳の誕生日7月10日に
      撮影されたお姿です。優しく穏やかな表情から、先生のお心を
      読み取ってください。新潟のみどり病院に転院される直前です。
                         

2007年10月12日金曜日

箱根・山のホテル(90歳頃)


            箱根・つつじの美しい山のホテル庭園で。
            90歳とは思えないダンディな様子。
            何をお召しになられても、よくお似合い
            でした。画家のセンスでしょうか
               
               

関川村(82歳頃)


          ゼミ旅行で先生の故郷関川村の渡辺邸を
          訪ねました。渡辺邸の囲炉裏端で、お餅を
          ご馳走になり、すっかり我が家の主のように
          寛がれています。82歳のお元気な頃です